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2005年11月3日

『JWプレコックス感』野郎⑥

では、どせいさんが考える「ニセモノ感」ってのは一体何なのか、ってことなんですが。

 
 
 
ま、これはですね、逆に「ホンモノ感」がどういうものかを考えれば、わかりやすいと思うんですよね。
( ̄∇ ̄)ハハハ…

 
 
つまりですね。
エホバの証人の方たちは、組織としても個人としても、「自己」というものについて、かなり「理想的イメージ」を作り上げていると思うんですよね。

そしてこの自らについての「理想的イメージ」とはどんなもんかというと、①自分or 自分たちは決定的真理を持ってるから、他の人を「教えてあげる」べき立場にあるんだというかなりの自負心と、②他の人に接する際には、自分or自分たちは、人をひきつける礼儀正しさや品位や謙遜さといった特質を示しているんだ、という思いからなる、
「自分or自分たちは『世』と異なるんだ特別なんだ」というイメージだと思うんですよね。

こういうイメージにどっぷり漬かっているように感じさせる人はかなり多いわけですが、まあ完全に漬かってはいないとしても、「確かに自分は完全ではないけどまあまあな線までいってるよな」とか、或いは「自分はまだまだだけど少なくともこの組織そのものや、組織の中で責任ある立場にある兄弟たちにはこの、『権威があり能力もあるんだけど謙遜』というのがあてはまるよなあ」とか、「うちの会衆の若いのはボンクラだけど、たまたまうちの会衆がダメなだけで、組織にいるまだみぬ別の若者たちは礼儀正しく、品位あるはずだ」とか、考えてる人も多いかと。オモイマス。

 
 
よく大会で会場整理やってる若い人なんかでもね、「礼儀正しさ」とか、「品位ある話し方」とか、まあそういうものを自分なりにイメージされてこういうハナシ方になっちゃってるんだろうなあと思わせる人が多くいるように思います。長老なんかでも、自分には勤勉な聖書研究による深い聖書理解のゆえに神から一定の権威が与えられていて、それでもその責務を果たす上で謙遜さや、間違っている人がいてもやさしく教え諭す人間的余裕およびその間違いを正すことのできる教える能力 等々の望ましい特質を示していると、ご本人は強く自負しているんだろうな、って思わせる方も多いと思うんですよ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…しかしですよ。
( ̄∇ ̄;)

エホバの証人の方たちがイメージして目指すような、こういう礼儀正しさ・品位・謙遜さってのは、実は誰でもそうそう簡単に身につけられるもんではなく、「ホンモノ」のそうした特質を示すのは実は結構至難なワザなのではないのかいな?と思うんですよね。(∋_∈)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
わかりやすいとこからいくとですね。

 
 
 
 
 
(>∀<;)う~んと…

 
 
 
 
 
 
ま、例えば一流ホテルのホテリエとか、飛行機の『エコノミー症候群にかからない席』のフライトアテンダントとか、そういう人たちに接すると本当に見事な態度だと感心させられることが多いんですよね、実に気持ちがいい(当たり前だけど)。
こういう人たちってまさしく人と接する際に礼儀正しさや品位を感じさせるという点において、「ホンモノ感」があると思うんですよね、なんていうかスキがなくて、キマってるんですよね。

当たり前だけど)敬語や言葉遣いは完璧だし、
当たり前だけど)細かな気遣いも払えるし、しかもそれが押し付けがましくない本当に相手の感覚に配慮したさりげないものだったり。

で、こういう「ホンモノ」の礼儀正しさや品位を示す人種の方たちと接すると、「あ、エホバの証人の方たちってこういうのをイメージしてるのかな?」って思ったりするんですよね。

ただ(当たり前だけど)この手の方たちってのはプロなわけですから、みんながみんなこんな感じになれるわけではないわけです。
もともと持って生まれた対人能力とか、それなりにかなり高い教育水準とかによって選ばれた人たちが、さらに厳しい訓練・教育を受けて初めてこんな風になれるわけでしょ。
そういう背景があるからこそ、ほぼ完璧な言葉遣い・見事な気配り・何かトラブル起きたときの危機対応能力 等々を示せるわけで、そういう実力があるから、礼儀正しさとか品位とかがいわばにじみ出てくるんだと思うんですよね。
これがどせいさんのなんとなく考える「ホンモノ感」なんですよ。

 
 
さてここで翻って、大会で会場整理とかするエホバの証人の人のことを考えると、やっぱりどうしても「ニセモノ感」とか「ハリボテ感」が漂っちゃうのは否めないんですよね。

なんでかというと、前述したような「ホンモノ感」のある人たちが正しい言葉遣い・見事な気配り・危機対応能力を示しているのに対して、なんかどうもエホバの証人の人たちは、外見的な格好は一緒でも、何度も言うように敬語の使い方がぜんぜん間違ってたり、気配り示しているようでいて実は本当に相手の感覚に配慮してるわけでもなく「組織の支持」に従うことしか頭にない結果としての一方的押し付けだったり、なにか自分の想定以外の反応示されると固まっちまうかあからさまに不快な顔するかして、危機対応能力がまったくゼロだったり、って感じなんですよ。

 
 
 
 
 
なのでね、「ホンモノ感」のある人たちの場合、自分の中にある「実力」ゆえに礼儀正しさや品位がにじみ出るもの、後から当然についてくるものであるのに対して、エホバの証人の人たちの場合、とにかくそうした特質が存在するかのような外見を作り上げることのみが目的であって、もともとそうした特質を示す能力も素地もない人たちで無理やりハリボテのような人間性を個人レベルでも大会会場レベルでも、そしておそらく組織全体レベルでも築き上げちゃってるから、なんかあったときとか、あるいは物事の端端とかに、「ニセモノ感」が出ちゃうんだとおもうんですよね。
なんというか、「それらしいんだけど、どっか違う」みたいな、そんな、水で薄めた日本酒を飲まされてるようないや~な感じがするんですよね。

 
 
ここでちょっと誤解しないでいただきたいのは、どせいさんは大会会場の会場整理係は、みんながみんなファーストクラスの客室乗務員みたいな振る舞いをすべきだといってるわけでは全然ないんですよ。言葉遣いがちっとばか練れてなくても、本当に一生懸命やってる若い人なんかは、間違いはあってもほほえましく感じられたりするわけですよ。こういう人たちからは、あまり「ニセモノ感」は感じられずにむしろ「誠実さ」が伝わってくるんですよね。

ただ残念なことに、こういう誠実な人よりも、自分は品位ある人間で、謙遜さも示してて、俺ってすごいなあと思い込んでて、かつそんな特質なんてまるっきり示せちゃあいない『ニセモノ野郎』があまりにも多いんですよね。
あまりに見事に勘違いしてるので、もはや『ニセモノ野郎』ではなく『ニセモノ様』とお呼びしなくてはならないのではないかい?と錯覚しそうな位の勢いなわけですよ。これは現実

 
 
ニセモノさまぁ~
( ̄∇ ̄)ノ
ヘコヘコ

 
 
「こんな特質は示せはしないんだけど、こういうの目指してがんばろう」っていう感じなら、やっぱりいや~な印象はないと思うんですよね。ところがエホバの証人の中には(主にバカ長老)、そんな特質なんて存在しやしないのに、「俺ってなんて礼儀正しくって謙遜で上品なんだろう」って自己満足に陥ってるように見える人が、あまりに多いような気がするワケなんですよね。

 
 
 
まあ、思いっきりハッキリ言ってですね、もともと持って生まれた対人能力とか、それなりの高い教育とか、的確な訓練とかも受けずに、ただ「品位ある人間になりなさい・謙遜な人間になりなさい・礼儀正しい人間になりなさい」って隔週ごとに言われるだけで、みんながみんなエホバの証人の人たちが作り上げるイメージとおりの人間になれるかっていったら、そんなの無理です。
もし無理じゃないと考えたり、すでにエホバの証人組織はそれを実現してる、と考える人がいれば、それはその人が「ホンモノ」に接する機会がなかっただけの可能性が高いと思います。

少なくともそういう考えは「マトモな世の人」には通用しないと思います。

 
 
だってエホバの証人の大会とか集会の案内の人ってやっぱりキモイもん。

(∋_∈)