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2009年5月20日

エホバの証人と夫婦関係-裁判例に基づく考察⑧

④大分地方裁判所昭和62年1月29日判決

(妻が「エホバの証人」に入信し、その行動や宗教活動が妻としての協力義務に背馳し、その限度を超えるもので、これが婚姻を継続し難い重大な事由に該当するとした事例)

■裁判時の夫婦の状況:

結婚8年目
5歳の息子と3歳の息子あり

■判決内容:

夫と妻とを離婚する。
長男(5歳)の親権者を夫と、二男(3歳)の親権者を妻と、各定める。
訴訟費用は妻の負担とする。

■裁判所の認定した事実:

○ 各証拠によれば、次の事実が認められる。

 夫と妻は、共に同じ会社に勤務していたが、昭和五四年挙式した。二人の間には、昭和五七年長男が、昭和五九年次男がそれぞれ生れた。婚姻当初は、後述の実家の問題を除き、夫婦仲はとりたてて悪くはなかつた。
 夫は、四人兄弟姉妹の長男で、その両親(夫婦の婚姻当時、五二歳と五○歳位)も共に健在であり、将来はこの両親と実家(兼業農家)をみる立場にあつた。そのため、夫は、婚姻前、妻に対し、将来は長男夫婦として実家に帰り両親の面倒を見ること及び母親の身体が弱いので盆や正月などには実家の手伝いをすることを注文し、妻もこれを受け入れていた。
 しかし、婚姻後、二人で度々夫の実家に帰るうち、妻は、夫の父から、長男の嫁として配慮が足りないなどと何度か意見をされるうち、些細なことまで気にするようになつて、実家に帰るのが気重くなり、その両親を嫌うようになつた。妻は、実家に帰るのを嫌がるようになり、また夫に対しても実家に関わり過ぎるとの不満を持つに至つた。他方、夫は、長男として両親に対する責任があつて、妻に対し、時々実家に帰るよう求めるため、このことで二人の間にも波風が立つようになつた。
 そして、昭和五八年正月、夫の父が妻に、長男の嫁だから暮れにはもう少し早く帰つてくるよう強く意見したため、妻が反発して紛糾した。このことがあつて、妻は、その後間もなく夫に離婚を申し出たので仲人を入れて話し合つた。その結果、夫が父親のことを詑び、その間の調整に努力するので二人で一緒に再出発しようと説得したため、妻も了解してこの際はなんとか治まつた。
 そこで、妻は、同年のお盆には夫の実家に帰ることになつたが、再度紛糾し、今度は夫も妻に加わつて、二人で夫の両親と激しい口論となつた。このことがあつて以降、妻はもとよりとして、夫までも妻の気持を考えて一年間実家へ帰らなかつた。
 しかし、夫としては、いつまでも実家を放置できないし帰らねばとの気持ちが強く、妻は反対に二度と帰る気持がなかつたため、段々と互いの溝が深まり、互いに気持が離れて行つた。昭和五九年の暮を迎えて、二人の間の対立も強くなり、遂に、夫も妻に対して、「長男の嫁として夫の実家に帰れ、帰らぬのならば離婚しよう、おまえはその実家に帰れ。」と言い、妻は、「夫の実家には帰らぬ。」と答えるなどしたために再度離婚話となつたが、決着がつかぬまま、夫は長男のみを連れて一年振り実家へ帰り、妻は次男を連れて妻の実家へ帰つた。
 以上の事実が認められ、右事実によれば、夫と妻との間は、昭和五九年の暮の時点においても、ある程度の破綻をしていたものとみられる

○各証拠によれば、更に次の事実が認められる。

 妻は、前段の様な経緯から生じた精神的不安から逃れ、夫婦関係が改善されてはとの動機から、兼ねて実姉が信仰していたキリスト教の一派である「エホバの証人」に関心を抱くようになり、昭和六○年一月ころから、夫には秘したまま、同派の教書を読み、集会にも参加するようになつた。当初は日曜日の午後二時間のみの参加であつたが、一月余り経過したころからは、他の週二日も午後七時過ぎから約一時間余の集会にも参加するようになつた。
 夫は、予ねてから、職場の同僚がその妻のエホバの宗教活動に困惑していたことを見聞し、同宗派を嫌悪していたし、このことは妻にも話したことがあつた。ところが、同年二月ころに妻の入信を知り、妻に「自分がエホバを嫌つていることを知りながら入つたのか。」と言つて責め、辞めるように説得したが、妻は聞きいれなかつた。それで、そのころ、夫、妻、双方の両親、親族及び仲人が集まつて話し合い、夫から妻に、「エホバを辞めるよう、辞めねば離婚する。」旨話したが、妻は辞めるのを拒否した。
 同宗派は、キリスト教宗派のうちでも独特の教義、戒律を持ち、これを厳格に守ろうとするもので、妻も、正月、雛祭、七夕等の日本古来の、現在は風俗的行事と化した風習も、神の教えに反するとして拒絶し一切行わず、また、隣近所の冠婚葬祭の付き合いもしない。子の教育に関しては、武器を持つ職業や公害産業、闘争的スポーツを不当として、子供にはこれらの職業に就かせたり、スポーツをさせない旨日ごろ主張し、日本の政治や現状は狂つているとの認識を持ち、選挙権も信仰上の信念に反するとして一切行使せず、家計や共働きについても宗教第一との考えで、宗教活動を優先させている
 他方、夫においては、夫の家の宗旨は仏教ではあるものの、神仏を崇拝し、日本の風俗風習に疑がはず従い、近所付き合いを疎かにせず、実家や両親を大切にし、日本の政治や現状も肯定すると云う、極く平均的日本人の考え方を持つている。そのために妻の右のような考え方につき我慢できないほどの不満を持つている。
 妻は、日時が経つにつれて、信心に熱心となり宗派の組織との結びつきや宗教活動を強めた。週日の二日の夜の集会も七時過ぎから一○時半過ぎまでの三時間半にも及ぶようになり、更にこれだけでなく、週日三日奉仕活動として一般家庭への伝導活動に従事している。妻は、これらの集会や奉仕活動には幼児二人を連れて行つており、その帰りは冬でも夜一○時を大きく廻つた。夫の帰宅が午後七時過ぎることも多いため、夫の夕食は簡単に準備されて食卓に置かれていることもあるが、夫が帰宅して一人で準備して夕食をとることも度々であつたし、風呂はいつも沸かされてなかつた。夫は妻に、集会等に出かけるのを控えるように度々求めたが、妻は、多く参加するほど霊的に成長するとして耳を貸さず、時に子供が熱を出しても少々のことでは連れて出るし、夫が子供が怪我しているので家へ居てくれと頼んでも、それを押し切つて、怪我した子を夫に預けて集会に出かけた。
 この様な生活を続けるうち、夫も我慢出来ず、熱を出した子を連れ出したことや宗教活動のことで妻を殴つたり、帰宅した妻と子を自宅に入れなかつたりするようになつたために、妻は、実姉の家に行きそこで過ごしたり、何日間か暮らしたこともあつた。そして結局昭和六○年四月ころ、夫は長男を連れて夫の実家へ帰り、妻及び次男と別居するようになつた。
 以後、夫は長男と実家の両親と暮らし、妻は、自宅で、夫からの若干の仕送りとアルバイトの収入で次男と共に生活し、前記同様宗教活動に熱心に従事している。
 その間、夫から調停の申立がなされたが、妻が離婚に反対のため、同年五月二九日不成立で終了している。現在でも、妻は離婚を否定しているが、夫は離婚意思は固く、その夫婦生活に全く自信を失つている。

■裁判所の判断:

 叙上の事実に照らし、本件離婚事由の存否につき判断するに、夫婦間においても信仰や宗教活動の自由が保障されており、これを尊重すべきことはもとよりのことであるが、他方、本件の様な専業の主婦とその夫という夫婦間においては、その妻は、家事労働に従事することは当然として、加えて、夫と共に配偶者や家族全体が平穏に安心した家庭生活が出来るように精神的融和を図り、更には親族、知人、近隣の人達との付き合いを円滑にするように努めるべき、いわゆる夫婦間の協力義務を負うのである。従つて、宗教活動等も右協力義務により、自ら一定の限度が存するもので、その限度を超えるような宗教活動等を行い、夫や家庭を顧みない場合には、右協力義務の観点から、夫婦関係を継続し難い重大な事由が存すると解するを相当とする。
 そうして、本件においては、前記一に認定の事実によつても、夫と妻との夫婦関係は或る程度の破綻が生じていたところに、更に前記に認定のとおり、妻の信仰、これに根づく行動や宗教活動等破綻状態を決定づける事情が加わつたものである。これらの活動等は、もはや夫の妻としての協力義務に背馳し、その限度を超えるものであり、夫や家庭よりも宗教活動を第一義的に考え最優先させようとするものである。しかも、妻は信仰を絶ち難く、宗教活動を中止する意思は全く伺われない。他方、夫にとつては、妻の信仰の対象を嫌悪し、その宗教活動を不愉快と感じているのであるから、妻との夫婦生活が精神的に絶え難いことは明白であり、夫にとつては、妻が右信仰を辞めることが婚姻生活を継続するための必須の条件である。これらの状況に照らすとき、夫と妻との婚姻は、もはや継続し難い程度に破綻しているものと認めるのが相当である。
 尤も、妻は、本人尋問で、「夫を愛している、エホバを学んで夫への愛情は一層強まつた、努力すれば一緒に暮らせる、夫に従う、夫の実家で生活してもよい。」等と供述しているが、夫、妻各本人尋問の結果によれば、妻は、右信仰は堅持し、奉仕活動等宗教活動は、夫に嫌われても続けるといい、全ての行動はまずもつて神の教えに従つて行うという信念は変わらず、これらの点での妥協の意思は全くないこと、離婚に反対するのも教義がこれを禁じているからであり、神が夫を愛しそれに従えと教えるので、愛している等述べるもので、それは表層的、観念的なものに過ぎないものではないかとの疑を払拭できず、妻の前記供述は現実的なもの、又は実践可能なこととは到底考えられず、夫、妻の婚姻の破綻を左右するまでには至らないものと考えられる。
 叙上の認定によれば、本件離婚は破綻していてこれを継続し難い事由があるから、夫が妻に対して求める本訴請求のうち、離婚を求める部分は理由があるから認容する。また、前記認定の事実関係のもとでは、夫、妻間の子のうち長男一郎の親権者には夫を、次男次郎のそれには妻を、それぞれ指定するのが相当と認める。
 よつて、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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■サイト作成者のコメント:

①エホバの証人は、危機に瀕していた夫婦が入信を機にその関係を劇的に修復することがあるという点を、ことさらに強調することがあります。本裁判例は、この主張とは正反対に、もともと夫婦間に破綻の火種があったところ、妻がエホバの証人に入信することでこれが悪化し、決定的に破綻するに至ったケースといえるでしょう。
本件の妻がエホバの証人信者になった動機も、「夫婦関係が改善される」との期待からであったことが示されていますが、かかる妻の願いとは正反対の結果がエホバの証人教理によりもたらされることとなっています。エホバの証人側の主張とは裏腹な結果がもたらされるこうしたケースは、やはり世界中に無数に存在するのではないでしょうか。
②本件でも裁判所は、「妻は夫を愛している、夫に従う」等と口では述べるものの、教義が離婚を禁ずるので離婚しようとしないだけであり、また、神が夫を愛しそれに従えと教えるので、愛している等述べるだけであるとの疑いがある旨を端的に指摘しています。
 エホバの証人の教える「家庭での愛」なるもの、また「離婚を避けなさい」との教えががいかに形式的で虚しいものであるか、そしていかに配偶者を落胆させる利己的な教えであるかという点が実に的確に汲み取られた判決ではないでしょうか。