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「エホバの証人」についての情報サイト

2006年2月10日

エホバの証人問題を整理する-1

Ⅰ.はじめに

 
1.今日、エホバの証人(法人名 ものみの塔聖書冊子協会)という宗教団体は、日本だけでも21万人を超える信者を擁しており、その存在を知らない、或いは、その名前を聞いたことがない、という人は、国内ではかなりの少数派なのではないかと思います。
 
もっとも、そうした「エホバの証人の存在自体は知っている」という人たちのうち、それがどのような宗教団体なのかを知っている人は、非常に少ないようにも思えます。実際、一般的な日本人の多くがエホバの証人について抱く印象というのは、「聞いたことはあるけれども、よくわからない団体」というものがほとんどではないかとどせいさんは思います。

多くの人は、エホバの証人については「輸血を拒否する宗教」であるとか、「独特の雰囲気の服装をした、大抵二人組、又は子連れの信者が『ものみの塔』という雑誌を持って家を訪ねてくる」といった程度の認識しかなく、たまたま身近にエホバの証人信者がいても、「そういえば学生だったときに宗教上の理由で校歌を歌わない(or体育の授業で武道をやらない)ってやつがいたけど、あれってエホバだったんだ」とか「親戚にエホバがいて墓参りにこないんだよね。困ったことだ。」と感じる程度の関係にとどまる、という人が多いように思います。

ちなみにどせいさんの周りの人にハナシを聞きますと、やっぱりエホバの証人については、「聞いたことあるし、なんとなく『良くないイメージ』があるけれども、実際のとこアレってなんなの?」とか、「よく知らない宗教団体だけど、輸血拒否のこととかを考えると自分は関わりたくないね」というような意見が大半を占めるような気がします。

一方で、エホバの証人がオウム真理教のようないわゆる「カルト宗教」なのかという点に関しては、一般的に言って、この団体が破壊的カルトであるという印象のある人はあまりいないようにも思います。「いろいろ怪しげだし、自分や家族が入ることは望まないけど、でも、『カルトなのか』と言ったら、そういうわけでもないんじゃないのかなあ」というのが多くの人の持つ印象ではないかとどせいさんは感じています。

そんな風に、社会の多くの人にとって『エホバの証人』というのは、「いろいろ物議を醸しているようではあるけども、自分には関係ない存在」といったところなのではないかと思います。

 
 
 
2. しかし、様々な理由により、『社会の中におけるエホバの証人』というものに強い関心を持つようになる人も、これまた多くおられると思います。

 
 
自分の家族・親戚・知人がエホバの証人になった、自分が好きになった人がエホバの証人だった、自分に相談を持ちかけてくれた友人・部下・生徒の悩みの原因がエホバの証人についての悩みだった等々、その理由は様々かと思います。また、自分自身がエホバの証人の教えに関心を持ったり、エホバの証人になろうと考え始めた人、つまりエホバの証人の訪問を受け始めた、或いは友人がエホバの証人の教えについて熱心に説明してくれている、といった状況の人も多いかもしれません。さらには、ある程度の期間実際にエホバの証人信者として活動したものの、矛盾を感じるようになり、やめることを考えている人・現にやめた人、またエホバの証人の親に育てられ、その活動を親とともに行ってきたものの、ある程度成長した後にその活動をやめたという人も非常に多くいることと思います。

こうした様々な契機により、『社会の中におけるエホバの証人の位置づけ・その存在のもつ意味』といったものに関心を持つようになる人は、多くの場合、インターネットを活用して様々な事実・意見に触れようとすることになるかと思いますが、ひとたびこうした点について調べ始めると、圧倒されるような量の情報に接することとなり、驚くのではないかと思います。そして、そうした情報のほとんどは、エホバの証人について否定的なもの、すなわちエホバの証人が「多くの社会的問題を引き起こしている」という論調でほぼ一致しているような印象を受けるのではないかと思います。

もっとも、エホバの証人が問題を引き起こしているとする主張のうちのあるものは、極めて断定的な論調であったり、非常に重要と思え、人々がもっとも知りたいと思うであろうことが何やら「当然の前提」として流されたりしており、「果たして信用してよいのか」「そこまで極端な問題が生じているのか」とやや懐疑的にならざるを得ないと感じる人も多いように思えます。

様々な立場、状況の人たちが関係しており、同時に、強い感情を伴う問題であるため、そもそもどのような「問題」が生じているのか、その原因はどこあるのかといった点に関して、多くの異なった意見・見解が強く主張され、かなり混乱した様相を呈しているような印象をどせいさんは受けています。

 
 
 
3.さて、今回の『エホバの証人問題を整理する』の中では、そのように「エホバの証人が引き起こしている」と主張されている様々な「社会的問題」について、どせいさんなりの考え方を、1つ2つの確定した視点から整理してゆくということをしてみたいなあと考えています。

 
 
そして、「社会の中におけるエホバの証人の位置づけ」を考え、健全な社会は、自らのうちに存在する『エホバの証人』という決して規模の小さくない、見過ごすことのできない大きさの団体とどのように接してゆくべきなのか、という点についてのどせいさんなりの考えをまとめてゆきたいと思っています。

この点、これまで『どせいさんのエホバの証人日記』は、主にエホバの証人経験者の方が読んでくださることを想定した文章を書いてきましたが、今回の日記の内容は、エホバの証人信者としての経験がなく、何らかの理由で『エホバの証人』に関心を持つようになり「実際のところエホバの証人は何らかの社会問題を引き起こす、問題のある団体なのかどうか」を調べたいと思っている一般の方、或いは、エホバの証人を実際に経験した人の中で「エホバの証人の社会内での位置づけ」的なものを知りたいと考えている方が読んでくださることを想定して書いてゆきたいと思っています。

 
 
なお、今回の題は『エホバの証人問題を整理する』となってますが、この中で触れる『エホバの証人問題』とは、上述したように、「エホバの証人が引き起こしていると主張される様々な社会問題」の緩やかな総称であるとお考えいただければと思います。

また、どせいさん的考えでは、「エホバの証人に何らかの形で関わることにより引き起こされる、不必要ないし不当な苦しみ」は、広く『エホバの証人問題』というものの中に入るものと考えています。ここでは「不必要ないし不当な苦しみ」という点がポイントかと思っています。つまり、人が社会の中で生活してゆく限り、必ず何らかの「苦しみ」は生じると思いますが、そのうちの多くは社会通念から考えて不可避であり、受任すべきレベル内のものであり、ある場合には人生の糧ともなりうるものだと思います。しかるに、もしエホバの証人という宗教団体の存在のゆえに、「一般人であれば通常味わう必要はないであろう不必要な苦しみ」、「人として生きてゆくうえで受任すべきレベルを超えた苦しみ」、「何らかの意義ある結果を全く伴わない、ただ深い後悔を引き起こすのみの苦しみ」が生じているのであれば、それらの苦しみについては『エホバの証人問題』という社会問題として、健全な社会がそれに対応して行かなければならないと考えるワケです。

 
 
そして、そうした社会問題が起きていると考えられる場合には、

・何がその問題の根本原因なのか
・誰がその点につき責任を負っているのか、その責任はどのように追及されるべきなのか
・引き起こされた問題や苦しみはどのように解決され得るのか、どのように再発や拡大を防げるのか

等々を考えることが、それらの問題の「整理」につながると思いますので、実際こうした点について考えて行きたいなあ、とも思っています。