2005年10月30日
『JWプレコックス感』野郎⑤
では『JWプレコックス感』野郎の続きなんですが。
(^∀^)
前2回は、『JWプレコックス感』のうちでも、「親しげに関心を示すようでいて、なんか妙に機械的で冷たい」という印象についていろいろ好き勝手に書かせていただいたわけですが、今回から、「礼儀正しく品位あるような外見なんだけど、どこかトンチンカンでズレてる」という印象の方について考えて行きたいとオモイマス。直接イヤな思いをさせられるワケでもないけど、ハタから見ているときになんか感じられる違和感ってやつですね。
まあ、外から見たときのエホバの証人の方たちってのは、皆さんわりと清潔感のある正装されてることが多いですし、言葉遣いも汚い人ってほとんどいないですし、なんとなく品位のある「ような」印象はあるわけなんですよね。王国会館や大会ホールなんかも、こざっぱりとしていてやっぱり清潔感はだいぶありますしね。
ところがdeathね。
やっぱりなんか「どうもちょっと違う感」が強いことが否めないんですよね。ご本人たちは品位あって謙遜な人たちというのをイメージされてるとは思うんですが、どうもなんか気取ってるような、しかもなんかそれがトンチンカンなような、そういうよろしくない空気が漂ってくるんですよね。
そして例によってこのよろしくない空気、組織体としてのエホバの証人にも、個々の信者の方たちにも感じられると思うんですよね。例えば、大会やなんかでは、出席者に「ああしてね」とか、「こうしちゃだめよ」とかハッキリ言えばよさそうなものを、「~を希望される方は~なさることができます」とか、「~なさることは勧められておりません」とか、なんかよくわかんない言い回し使ったりしますよね。
話の中でなんか発表とかするときも、とてももったいぶった言い方したりとかですね。
よくはわかりませんけど、こういう言葉使いは品位とか謙遜さを示す趣旨で用いられているのであろうことは伝わってくるんですが、どうもなんか変な感じがする。そもそも正しい日本語ではないような気もするし。
個々の信者の方とお話してもそうなんですよね。
特に、エホバの証人としてかなりがんばっているのであろう若い人とかとお話したりすると、礼儀正しくはあるんだろうけど、敬語の使い方が全然間違ってたり、
「ハゲマサレマス~(´∀`)」とか、
「アリガトウゴザイマス~(´∀`)」の、
不自然な連発とか、なんか外見の服装と、ご本人の話す内容の質・人間性があまりに乖離してるような、そんないや~な不自然さが漂ってくるんですよね。品位があるようでいて軽薄、相手を敬ってるように見えて自己中みたいな印象。失礼ながら、なんとなく同じ顔に見えることも多いし。(世の中に見られる「なんとなく同じ顔に見える」他の例 ここをクリック)
なんていうのかな、それが可愛く感じられたりもするんだけど(カワイイ→(´∀`) ハゲマサレマス~ )、でも同時に「あんた意味わかって逝ってるのかい?」と確認してあげたくもなる感じ。
長老とかの中にはですね、ほんと致命的にナルシスト的要素を感じさせる人もいるんですよね。どうでもいいその人自身の意見を、もったいぶってエラそうに話して、しかも表面的には謙遜であるかのような言葉遣いや態度を示すもんだから、ハタから見てるもんにゃあ「偽善的な上に頭がヨクナイ」という印象を受けると。そしてこういうのはもちろん可愛くは感じられないと。(カワイクナイ → (´∀`) ハハハハ )
とにかく組織からも個人からも感じるそういう印象が絶妙にブレンドされ統合されして、
謙遜さを装ってはいるんだけど実はとても独りよがりで、根拠のないプライドを持って自己満足に陥っている、
それゆえに気取ったような態度を示すんだけど、それがどうもズレてて失笑を誘う、
というような、なんとも「見ていてイや~な感じ」ってのを作り上げちゃってる気がするんですよね。まさしく『JWプレコックス感』て感じ。
例によってそうじゃない人もいますよ。そうじゃない人もいるんだけど、そうである人がとても多く、かつ組織自体がそういう雰囲気なので、まあやっぱり『エホバの証人』の代表的資質になっちまってると思うんですよね。
みなさんどうですかね、そう思われないでしょうか。
(∋_∈)
さて、では『JWプレコックス感』のこの側面の原因はいったい何なのかってことですよね。
どせいさんの感覚でいうと、この側面の原因てのは、端的に言って
「ニセモノ感」
だと思うんですよ。
も少し丁寧に言うと、本当は誇れるほどの実態・謙遜さを示せるほどの人間性の裏づけがないにもかかわらず、ハリボテのような外見を作り上げて自分ないし自分たちはスゴイと自分または自分たちだけで思い込んでいる
姿からにじみ出てくる「ニセモノ感」だと思うんですね。
詳しい説明はまた次回。