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「エホバの証人」についての情報サイト

2005年10月5日

ワキミチ

ちょっとワキミチそれますね。

このブログを見て下さってる方の中には、いわゆる「エホバの証人1世」の方や、親から教理を教えられたものの、自分自信も「これは真理だ」と確信して、しばらく熱心にやってたという「エホバの証人2世」の方も多いと思うんですが。
(^∀^)

 
 
そういう、自分の決定でエホバの証人になり、そしてまたエホバの証人をやめることを決定したという方たちにちょっと申し上げたいことがあるんですね。

それはね、どせいさんがいろいろエホバの証人についてスパスパ指摘することに関して、それを自分にストレートに当てはめてあまりに落ち込んだり、気に病んだりしすぎないでいただきたい、てことなんですね☆

 
 
なんていうんですかね、やはり「大きな組織体」としてのエホバの証人全体について何か意見を述べようとする場合、それなりに客観的かつ機械的に、冷静な視点から批評を加えることになるのは仕方がないし、求められていることでもあると思うんですよね。

集合体であるがゆえに、誰の責任というワケでもなくなんとなく良からぬモノが育まれてしまうことは往々にしてあることだし、「団体」というものが批評の対象になる場合はある程度ハッキリした指摘をするべきだと思うんですよ。

それに、「エホバの証人から離れたけど、どこがおかしいかハッキリ指摘できないし、やっぱり戻るべきなのか悩んで混乱してきました」みたいな人もわりと多くて、そういう方には、「世間からみたエホバの証人組織の本質」みたいなモノを、わりとスパッと示した方が悩みがなくなったりもするみたいですしね。

なので、「感情を持ち、それぞれ異なる事情を持つ個々のエホバの証人」ではなく、「組織体としてのエホバの証人全体」について批評する場合には、比較的厳しい目で見るべきだと思うんですね。そうする必要性があるし、許容性もある、とどせいさんは考えてるんです。

 
 
他方でですね、では純粋に一生懸命エホバの証人活動をやってた一人一人の個々の人たちに、そうした厳しい批判を向けるべきかというと、これは全く別問題だと思うんですね。つまり、個人にそういう批判を向けるのはオカドチガイだということです。

確かにどせいさんは、エホバの証人の人たちは全体として、「バランス感覚が欠落してる」とか、「勉強してると思い込んでるだけで、世の中のことや自分たちの教理についてすらほとんど勉強していない」とかっていう印象を持っていて、そのことをズバズバ指摘してはいます。
でもね、じゃあ「みんながみんなキチンと勉強しないような雰囲気の中にいて、かつ、それで十分なんだと教えられてる環境にいた」ような一人一人の個々の証人をつかまえて、「あんた言うほど勉強したり確認したりしなかったんでしょ。だからあなた自身がいけないんでしょ。」などとは到底言えないと思うんですよね。

 
 
どせいさんは、エホバの証人を本当に信じて一生懸命やる人たちには、多くの立派な共通点があると思います。

大抵の場合、正直で、純粋で、理想が高く向上心があり、自分を犠牲にしてでも他の人の役に立とうと考えてる人たちが、エホバの証人になろうとすると思ってマス。

どせいさんはいつも「エホバの証人の人には批判能力がないのが問題点だ」みたいなことを言いますが、普段から言ってるように、これは「それなりに世の中でキチンとやってけてるマトモな一般成人男性」みたいなものを基準にしたら、そうなのではないのかいな、ということを言っているワケです。理想に燃えがちな反面世の中をよく知らない若者とか、本来守ってもらうべき弱い立場の女性や、普通の家庭の主婦とかにこういう批判能力や判断能力を要求することなんてできないと思うんですよね。それに、別に「マトモな成人男性」だったとしても、人のよさとか純粋さとかを強く持ってる人はやっぱりエホ証やろうと思っちゃうだろうしね。

なので、純粋さや、人のよさや、他の人の役に立ちたいという思いなどから、特に疑いを示さずにエホバの証人をやってた人は、その教えを信じたことにつき、過度に自分を責めることはすべきではないと思いますね。

キチンといろいろ調べずにエホバの証人をやってしまったことについて、後悔の念を覚える人は多いと思いますが、多くの場合、エホバの証人の教えを受け入れてしまったということは、上に書いたような良い特質を持っていたがゆえであり、これはもう、ぶっちゃけ仕方のないことだと思います。
( ̄∇ ̄;)

「エホバの証人にまつわる様々な事象や問題についての考察」といった、複雑な要素が多く絡んだ命題を考えるときってのは、なんでもかんでも画一化して一緒くたに考えたりするというのは、ぜひとも避けるべきことだと思うんですよね。いろいろな観点からキチンと分けて考え、それぞれを個別に丁寧に考えるべきだと思います。
そういった意味で、「組織としてのエホバの証人全体」に対する批評・批判・分析と、「個々のエホバの証人一人一人」に対するそれは、明確に区別されるべきと思います。

ま、そんなワケでですね、これから先も、「エホバの証人は勉強してると思い込んでるだけで実は全然してない」とか、「不健全な傾向のみられる社会を構成してるように見える」とか、いろいろな指摘をしてゆくと思うのですが、それは「組織体としてのエホバの証人全体」についての指摘であって、それぞれ異なる事情を持つ個人とは分けて考慮すべきものであると意識していただけたらと思います。