JW.com

「エホバの証人」についての情報サイト

2005年10月16日

『JWプレコックス感』野郎 その①

えっと、今回はですね、なんか掲示板の方でリクエストみたいなのをいただきましたので、エホバの証人の方たちが持っている「独特の雰囲気」というものについていろんなことをフラフラ考えていってみたいと思ってるんですね。

 
(^∀^)エヘヘヘへ
 
 
 
 
で前置きなんですが。

どせいさんはこれまで、「エホバの証人」についての自分の感想を書くときには、なるべくエホバの証人の方たち自身はその点についてどうお考えなのかという、エホバの証人サイドからの視点にも、かきゅーてきに言及するようにしてきたつもりなんですが、こと今回に関してはですね、「エホバの証人の方に接した人が」こう感じるのではないかという発想・視点に立っての話ですので、エホバの証人の人に「それは違うぞ」等のご意見をいただいても、とにかくエホバの証人じゃない人がそう感じると考えられる以上は、JW視点からの反論とかなされても意味がないと思うんですよね。

とにかく「世の人の視点にたつと私たちはこう感じるんです」っていう話ですので、
エホバの証人の方たちには、

「はあ、そういうもんなのか」

ぐらいの感じにひとつの事実として受け止めていただいてですね、いろんな参考にしていただきたいと

ま、かように考えるしだいでござるよ。
(^∀^;)

 
 
 
 
 
さて本論。

みなさん『プレコックス感』という言葉を聞かれたことアリマスでしょうか。
( ̄∇ ̄)

 
 
『プレコックス感』てのは精神医学用語らしくてですね、医師が統合失調症の患者に接するときに直感的に感ずる独特の印象・雰囲気・感覚をさす言葉みたいなんですね。(よく間違えられるんですが、「コンプレックス」ではなく「プレ コックス」感です☆)

どうもお医者がですね、統合失調症の患者と面と向かったときって、表情や態度の硬さ・ぎごちなさ、奇妙な唐突さ、なんとなく冷たい感じ、そして意思疎通が不可能な感覚といった特徴をもつ、「総合的になんともいや~な感じ」を持つそうなんですが、その「なんともいえないいや~な感じ」を『プレコックス感』と呼ぶそうなんです。
 
 
熟練した医師ならば必ず感じるものであるとか、統合失調症の診断にとても有用であるという見解がある一方で、こんなもんは精神医学の講学上何の意味を持たないという強い反対説もあって、見解は分かれているみたいではあるんですが。

  
どせいさんが初めてこの言葉を知ったのは、どせいさんが大好きな、ある精神科医の個人サイトでだったと思うんですよね。

このサイト、知性があふれる内容のクセに、なんかアホな男子中学生の会話みたいなぶっちゃけた言葉遣いしてて、どせいさん的に「もう大好き」って感じなんですが、実際このお医者さんもですね、

  
 
「なんとなくいやーな感じ」で診断していいんかい、おい

という突っ込みをいれておられました

( ̄∇ ̄;)ハハハハ

 
 
 
ただまあですね、この『プレコックス感』という概念に出会って、まさにしっくりくる絶妙な概念だ、とすごいスッキリする人もなんか多いみたいで、どせいさん的にはAC(アダルト・チルドレン)みたいな感じにですね、なんていうか、定説として確立された言葉ではないんだけど、なんとも説明しにくい事象をピッタリと描写するものだと感じる人も実際に多く、事実上のとても有用な表現として用いられることが多い概念なんかなあという印象を受けました。ハイ。

 
 
 
  
 
さて、この言葉はこの通り、統合失調症の患者から受ける、「おそろしく噛み合わない感じ」等々の独特の感覚を指す言葉なワケですが、

エホバの証人ではない人が、エホバの証人の方と接すると、これまたなんとなく噛み合わないような、ズレたような、なんとも説明しがたい独特の雰囲気を感じること多々あるように思えるんですね。

なんていうんですかね、確かにエホバの証人の方は礼儀正しくてにこやかですよ。

でもね、

 
 
礼儀正しいんだけど、反応がどこかトンチンカンだったり、ズレた印象を与える。

にこやかなんだけど、どこか「おかまいなしの一方的笑顔」のような感じもして、みょ~な不快感・冷たさを感じる。

 
 
とても親切に質問されるので、その質問に正直に答えると、なんか笑顔のまま固まってしまって、あたかも人形と話してるかのような、「全く話が通じないような感覚」を覚える。

 
 
うまくはいえないんだけど、そういう、まさに

「なんとなくいや~な感じ」
( ̄∇ ̄;)ドヨ~ン

 
 
を受けることが多々あるワケです。

 
 
そして、組織としてのエホバの証人と、個々のエホバの証人信者の方、その双方からそういう印象を受ける要に思えるんですよね。
つまり、集会とか行った時に話しかけてくれる人たちからも感じるし、大会とか行くと大会会場全体になんかそういう雰囲気が漂ってると。

 
 
 
さて、この「なんとなくいや~な感じ」。

原因は何なんでしょうかね?
それを考えて行きたいワケんですが、まず、そもそもの問題として、この独特の感覚・雰囲気・印象をうまく一言では描写できないんですよね。

「エホバの証人ではない人がエホバの証人信者と接したりエホバの証人信者の集まりの場に足を踏みいれた場合に感じることがある、なんとも説明しがたいいや~な感覚」なんて、

その都度いちいち言ってらんないワケですよ。

 
 
なので、この「いや~な感じ」をどせいさんが勝手に『JWプレコックス感』と名付けてしまってですね、これから何回かかけて、ナゼこの感覚が生まれるのかを、勝手に分析していきたいと思うワケなんです、ハイ。

 
 
 
 
 
もちろん続く

(^∀^)♪

2005年10月20日

『JWプレコックス感』野郎②

さて、どせいさんが勝手に命名したこの『JWプレコックス感』なんですが、よく理解していただくためにもう少しだけどんなものについて言っているのかを書きますね。
(>_<)

 
 
どせいさんが考える『JWプレコックス感』てのは、エホバの証人信者の方と接した時に、その接した相手がどんな人でもエホバの証人でありさえすれば必ず感じるのかというと、そういうワケでもないんですよね、これが。

( ̄∇ ̄;)ハハハ

 
 
ていうか、意外に感じさせない方もけっこう多い感じ。

 
 
しかし一方でですね、なんか強烈にこの雰囲気をかもしだす方々もいらっしゃると。

 
 
例えば具体的に言うとですね、

 
 
 
 
(≧∀≦;)え~…

 
 
 
 
どせいさんの場合ですね、

 
 
なんかかなり田舎な地域の長老の奥さんとか、

 
 
まだベテルにきて2、3年の若い奉仕の僕のベテル奉仕者とか、

 
 
18、19歳くらいの有力長老の息子とか、

 
 
先月まで特別開拓者だったんだけど、協会の調整で今月から正規開拓者になってここに越してきました、ていうご夫婦とか

 
 
 
そういう人たちの中に、この『JWプレコックス感』を凄まじく強く引き起こす感じの人たちがいた記憶があります。

 
 
冗談抜きで

「君、ホントに全く話通じないけど大丈夫?」

みたいな感じでしたね、気が遠くなるというかあきれてものも言えないというか。

 
 
勿論、巡回監督や長老にもそういうのがいっぱいいましたし、おばさん姉妹たちにもいましたです。

ただまあどせいさんの接したトップ4は上の方たちでしたね。
まさに紛れもないJWプレコックス感野郎たちでしたよ。

 
 
念のために繰り返しますが、変じゃないエホバの証人の方たちも多くいらっしゃるんですよ。でもぶっとんでる人はぶっとんでるっていう話です。

 
 
さらにですね、「組織体としてのエホバの証人」にも個々のエホバの証人信者にもこの感覚を覚えるといいましたが、不思議なもんで会衆についてもですね、やっぱりこの感覚を強く引き起こすとことそうでないとこがある気がするんですよね。

まあどせいさんはこの3、4年の間エホバの証人の集会なんてはっきり言って一回しか行ってないので、なんもえらそうなことは言えないんですがね。

 
 
でもまあ、3、4年前にいった、どせいさんの親族の会衆の集会は、そんなにいや~な感じはしなかったのは覚えてるんですよね。
一方でかなり前に行った、横浜市の、べテルの人が6人ぐらいいるっていう会衆は、強烈に違和感ありました。ていうか、エホバの証人の人たち自身もこの中にいて、「一見にこやかなんだけど、実は恐ろしく機械的で冷たい感じ」を異常とおもわないんかいな?って思いましたね。

 
 
でね、単に冷たく機械的な感じがいやなんじゃないんですよね。
明らかに冷たく機械的な感じなのに、あたかも暖かな関心を示しているかのようにふるまわれるところ、人形を相手にしているかのような虚しさ、見下されているかのようなガッカリした気持ち、そしてそういう感情からなるなんともいえない不気味な違和感がいやだったんですよ。

なんかそういう、何て呼んだらいいかわからないいや~な感覚(←だからJWプレコックス感だってばさ)を引き起こす空気が、近づいてきた個々のエホバの証人からも漂うし、その王国会館の天井にも渦巻いてる感覚を覚えましたね。

なんつーの?
それこそ、

「なんかいるんじゃないの?」って感じ。

 
 
まあこんな、なんとも言えないネガティブな感覚が、どせいさんの考える『JWプレコックス感』なワケです。

 
 
 
 
 
 
さてどせいさんは日頃から、何かを分析する時ってのは、なにもかもをごっちゃにするのは良くないことだと思ってるんですよね。
キチンと物事を考えるには、対象となる概念・事象を丁寧に扱って、それを区別して整理できる場合にはキチンと分類して、それぞれに個別に考察を加えるべきであると。

 
 
そんでですな、勝手にどせいさんが命名したこの『JWプレコックス感』についてもですね、どせいさんの感性でいくと、これまた2つの感覚に分類できるような気がするんですよね。

 
 
1つは、今、上で書いたように、「親しげに関心を示すようでいて、なんか妙に機械的で冷たい」という印象。

こちらは言ってみればコンタクトされた時に、世の人が直接イヤな思いをさせられるものということですかね。

 
 
もう1つは、「礼儀正しく品位あるような外見なんだけど、どこかトンチンカンでズレてる」という印象。

こちらは言ってみれば、直接イヤな思いをさせられるワケでもないけど、ハタから見ているときに、「なんかこの人たちどこか違うんだよな~」と感じるものと言ったとこでしょうか。

 
 
 
どせいさんは、『JWプレコックス感』は主にこれらの2つの印象から総合的に引き起こされる感覚のような感じがなんとなくしてるんですね。

 
 
なのでまあ、次からこの2つの印象の原因はなんなのかを考えて、結局エホバの証人の人たちの持つ、どこか変な感じはなんなのかを考えていきたいと思ってます。

2005年10月22日

『JWプレコックス感』野郎③

さて核心。

この『JWプレコックス感』の原因が何なのかですね。

(^∀^)

 
 
まずね、どせいさんがこの感覚の1つ目とした、「親しげに関心を示してくれてるようでいてなんか妙に機械的で冷たい感じ」を感じるのは何でかっていうハナシなんですが、これはすごく言いいにくいというだけで、答えそのものはとても簡単なんだと思います。

 
 
その答えってのは、個人的関心を示しているようでいて、実は関心なんてないからではないですかね。

( ̄∇ ̄)スカーン

 
 
決して全てのエホバの証人ではないんですが、しかしやはり多くのエホバの証人の人からはですね、

「本当に相手のことを気にかけて気遣いを示している」のではなく、むしろ「相手のことを気にかけて気遣いを示している自分の姿が好きだから・或いはそういう姿が要求されているから」にこやかに話かける、という印象をうけるんですよね。

ここにまさに、「おかまいなしの一方的なおしつけ笑顔」という印象を受ける原因があると思うんですよ。

みなさんはそう思われないですかね?どうだろう。

 
 
 
エホバの証人の大会とか集会とかにいくとよく、「もしよろしければこちらから前にお座りいただけますか」みたいなことをとてもニコヤカに言われたりすることがあります。「もしよろしければ」とおっしゃられてるわけですから、自己主張することが普段から自然なことであるどせいさんなんかは、隣の人がおっかなそうなおばさんだったりすると、「あ、いやなのでこの後ろ座ります」って言っちゃったりするんですよね。すると、さっきまでニコヤカだった人があからさまに不愉快そうな顔をしたり、猫なで声だったのがずいぶん高圧的な態度に豹変する。そんな経験したことがありました。

あるいは、よく聞く話ですが、普段全然自分のことを気にかけもせず、あいさつしてこようともしない長老夫婦が、ある日突然お花と一緒に「お元気ですか、心配してます」みたいなことが書いてある変な手紙と一緒に家まで訪ねてくるとか、同じく普段全然自分のことなんか関心なさげな長老から、その日集会に行ったのに、「集会におみえになってなかったみたいで心配してました」みたいなメッセージが携帯に入ってるとか。

こんなような経験するときってまさしく『JWプレコックス感』を強く感じるときだと思うんですよね。つまりこういう経験すると、通常人には「理解できない意味不明の行動」と感じられるわけですよ。親切なんだろうけど、なんかズレてていったい何なんだろう?ちょっと理解に苦しむ行動だなあと。

でもね、こういう行動の意味が理解できないのは、この方たちが「本当に気遣いで行動してる」と解釈しようとするからなんですよ。

だから、「本当に気遣いで行動してる」のではなく、「気遣いで行動してるかのような自分自身の姿に満足したいという自己満足で行動してるから」と解釈すれば、理解するのは何も難しくない。

結局このテの方たちは全て自己満足で行動されてるのだと考えれば、表面と実質のズレがとたんに理解でき、大いに納得がいくわけです。

 
 
ま、こういう、本当は気にかけてなどいないのに、自分自身の満足のために相手を気にかけてるような行動をとるってのは、結局は相手の感情を無視しないとできない荒業ですから、感情を無視された側は尊厳を傷つけられるワケですよね。しかも、なんかしんないけどエホバの証人の方は、「気遣う側の私は強い人・偉い人」、「気遣われるあなたは弱い人・だめな人」っていうムードを言外に強くにじませるんですよね。これがまた不快感に拍車をかけると。
( ̄∇ ̄)アハハハ

こうした理由で「なんとなくいや~な感じ」が引き起こされるのではないですかいね。

 
 
 
 
まあね、こういう「相手を尊重してるように見えて、実は相手の感情を無視してる」っていう構図は、残念ながらエホバの証人組織の中にとても多く見られるように思えるんですよね。

例えば、どせいさんがとても引っかかるは、エホバの証人の方がよく使われる修辞的質問なんですよね。「~さんは、~とは思われませんか?」という質問ですね。

これを使ってるエホバの証人の方は、この質問で相手を推論させたり、相手が自分で答えられるよう尊重してるように思って使うのかもしれないですよね。でも実際は明らかなサルでも分かる明確な答えがすでにあってそれに反する自分の考えを言うことなど許されてなどはいないんですよね。。こういう方たちの多くは「~さんは、~とは思われませんか?」と自由に意見を述べて良いかのような態度を示しながら、「思いません!( ̄∇ ̄)」なんて答えちまったら、またとたんに高圧的な態度をとるか、あるいは対応できなくて固まっちまうんですよね。
そんな風に、求められてる答えなんか完全に分かりきってるのに自分が納得いかないから言わないでいる答えを、あたかも自分で出した結論のように言わされるところに尊厳無視の態度が感じられ、とても不愉快になるわけですよ。

そもそもね、質問によって本当に推論させて正しい結論に導くのはなかなか至難の業なんですよ。専門分野のゼミとか、ソクラテスメソッドの場面とかでは、教える人は教えられる人を知識で圧倒しきってないといわれるわけですよね、大体10対1位の知識差がないと成り立たないといわれている。そういう場面の、しかも、かなり複雑な事例や理論を理解させる場合に推論という方法を使うわけですよ。エホバの証人みたいに答えが完全にわかりきってることをただ言わせるためにこういう質問されると、完全にシラケるんですよね、それはとりもなおさず、すでに決まっている答えをあたかも自分で納得した結論であるかのように言わせようとする態度から、尊厳を無視した姿勢が感じられるからなんでしょうね。

 
 
 
そしてこういう、「大して相手のことなんか気にかけてないのに心から相手を思いやってるかのような外見的態度をとる」という行動パターンは、あまりにも繰り返されるので、個々のエホバの証人にも、組織体としての証人組織全体にも、完全に「型」になっちゃってるのかもしれないですね。気遣い示してるような外見を示す側の人も、それを感謝して受けてるような外見を示す側の人も、完全に巨大なエホバの証人パターンを作り上げていて、その型通りの答えがこないと対応できない状況が構築されてるんではないのかいな。

そもそも本当に気遣っての礼儀正しさを示す人は、そういう外見や型を示すことが目的ではなくて、相手のために何かしようというのが動機だから、その気遣う相手に合わせて柔軟に対応できると思うんですよね。ところが、礼儀正しい自分に酔いたいがゆえの、あるいは全ての信者が画一的に新しい人格、立派な人間性を身に付けてるという外見を作りあげたい組織の指示に従うために礼儀正しくしてる人は、本当に気遣いで礼儀正しさを示してる人なら対応できるハズのことに全く対応できないと思うんですよ。

自分の予想通りの、すなわちいかにも「エホバの証人エホバの証人した」言動にはニコヤカに対応し、ちょっとでも自分の予想と違った行動に対してはあからさまに不快な顔をする長老、或いはどうしたらいいかわからず固まってしまう若い奉仕の僕。こういう人たちのなんとも理解不能な対応は、こういう観点から考えると、とたんに納得がいき、理解可能になる気がシナイデモナイデモナイ。

(∋_∈)

 
 
 
果敢に続く

2005年10月22日

『JWプレコックス感』野郎④

さて前回は、エホバの証人組織の中でも「感じ悪い」と思われてるような、高圧的だったり、何かを(←何を?)ハナにかけてるような人とかの醸しだすあからさまな違和感を念頭に置きつつ書いたわけでして、当然のことながらホントに気遣いを示してくれる優しい人とか、立派な方というのもエホバの証人内には多くいらっしゃると思うんですよね。

 
 
 
ただですよ。
( ̄∇ ̄;)

え~…。

 
 
 
まあ、ホントに相手を気遣ってはいるんだろうけど、それでもその行動に違和感を感じさせるエホバの証人の方もいらっしゃるというのもまた事実かと思うんですよね。一生懸命気遣ってくれてるんだけど、なんかやっぱりズレてる感じを受けるし、不快感も生じてしまう場合があるんですね。

 
 
で、これは何でなのか、ってハナシなんですが。

 
 
まあ多分ね、ご本人は、本当に相手の福祉を気にかけて気遣いを示していると考えてるんだと思うんですね。だけどその気にかけている「相手の福祉」というものが、「研究を続けること」「集会を休まないこと」など、目に見えるエホバの証人活動を拡大することだけであり、真にその人の尊厳が重んじられること・その人が自分らしく自由に決定できることなどではないんだと思うんですね。

これも、「気遣いを示される」側にしてみれば、やっぱり「私のことを気遣ってくれてるようでいて、実は私の感情なんて無視してる」と感じられると思うんでよね。

そして、残念ながらこれも、広い意味での「本当に相手のことを気にかけて気遣いを示しているのではない」ということに含まれてしまうと思うんですよね。

 
 
 
まあもうこれは信じてるもんと信じてないもんとの隔絶ですからね、仕方ないといえば仕方ない。
そういう意味ではこの手の違和感は、世の人もそうだけど、エホバの証人信者ではあるけどもなんかどっかおかしいと思い始めた方・あるいはハナっからあんまし信じちゃいないやる気ゼロの若い2世・3世信者(世の中に見られるやる気ゼロの例 ここをクリック)が、親や、エホバの証人大好き大好きでやれてる熱血信者とかに対して感じたりすることが多いのかもしらんですね。

 
 
 
こういう意味でのズレ、つまり「ホントに相手を気遣ってはいるんだろうけど、そもそも気遣いの視点がズレてて、偽善的気遣いとあまりかわらない不快感を与えてしまう」例をほかにちょっと挙げるとですね。

 
 
 
エホバの証人の大会にいって、周りの会話をハタから聞いていて、とても違和感を感じる点のひとつに、なんかとにかく健康のことを異常にたずねあう、というのがあるんですよね。

特にね、通常なら健康のことなんか、まず話題にのぼりはしないであろう若い女の子とかが、とにかく心配そうに相手の健康のことばっか聞いてるってことがよくあるんですよ。

今まで「離れてた」んだけど、久しぶりに大会だけきた2世らしい子に

 
 
「元気?大丈夫?今うつ病多いからねぇ~、心配だった~」

とか、

 
 
「体さえ元気だったら良かった。心配してたんだよ~」

とか。

 
 
しきりと健康を気遣うんですよね。
しかも聞かれる子はなんか不愉快そうにしていると。

 
 
はっきり言って異常な会話。
( ̄∇ ̄)

 
 
 
何でこういう、一見大丈夫そうなんだけど、よく考えるとちょっと異常な会話がたくさんなされてるのか考えたんですが。

まあこれもね、どせいさんから見ると、気遣いを示してるつもりのご本人が、その人の現実に目を向けて、問題の本質に関心を示してあげてないから、そこから生じたズレに周りが不快感を感じる例だと思うんですね。

つまりね、エホバの証人の2世・3世の若い子達で、大会会場や集会場で元気がない人のうち、健康が原因な人なんてほとんどいるわけねーんですよ。(多分

端的にいって、みんな、エホバの証人やるのがイヤだったり、或いは兄弟たちの示す態度や組織のやり方の矛盾がガマンできなくて元気なくなるワケですよね。(多分

もし本当にその子のためを思って気遣うなら、そういう核心部分について質問するべきなのではないですかいね。

ところが、多くのエホバの証人同士の人間関係では、そういう組織に対する疑問・不満とか、兄弟たちに対する批判的意見とかは、「消極的な霊」とか「ふさわしくない会話」とかなんとかかんとかで、そもそも話題として存在することすら許されてないですよね。なんつーか、外から見るとエホバの証人全体が巨大なフィクションの中で生きているように見えるんですよね、「ほぼ完全なすばらしい兄弟関係の中にみんな生きていて、組織や兄第たちに対する不満は、たまにごく小さなレベルで生じてもほとんど存在しないも同様だ」みたいな感じに。

なので、エホバの証人やるのがイヤだったり、或いは兄弟たちの示す態度や組織のやり方の矛盾がガマンできなくなった人が元気なくしてる場合に、そういうことが原因で元気がないのだとわかっててもそれを表立って口にできないのか、或いはそうやってわかってて無視することが完全な型として定着してるがゆえにもはや本当にそんな原因などないのだと思い込んでしまってるのか、まあどっちが原因かはわかんないけど、とにかく現実的に原因となってるものに対しては誰も何の関心も示さないわけですよね。ムシムシ。

でも、現実には目の前の人は元気ないわけだから、「具合が悪い」とか、「うつ病だ」みたいなことを勝手に言われるわけですよね。

このズレに不快感を感じるって人も多いのではないかな。

 
 
どせいさんがちょっと前にかなりびびったのはですね、東海地方で巡回監督になったばっかりていう、30そこそこの巡回監督と話をしたときなんですね。その人が言うにはね、巡回してとにかく驚いたのは、エホバの証人の中に「仮面うつ病」の人がものすごい多いことだったそうなんですよ。まさに「仮面うつ病」だらけだと。で、ちょっとどせいさんはその人のなんだかわかったような確信的な態度に不安を覚えてですね、
「仮面うつ病って何ですか?どうしてその人たちが仮面うつ病だってわかったんですか?」って聞いてみたんですよね。

そしたらその方、なんか仮面うつ病については要領を得ない説明しかできなくて、しかも、その人が「この姉妹も仮面うつ病、あの兄弟も仮面うつ病」って考えてた人たちのほとんどは、医師に仮面うつ病だと診断されてなんかいなかったんですよね。

 
 
勝手にその人が、

医師免許なんかもってない・精神医学の素養もない・大学の一般教養の授業受けて世の中の事象について広い視野培ったこともない・19歳のときからべテルの厨房で働き始めて、巡回になる前に2年間特別開拓奉仕をしてエホバの証人の宗教活動した以外なんの社会経験もしたことない・なのに千数百人の監督になって行く先々でお礼を言われることだけに慣れている・恐らくこれまでに自分の判断について反対意見を述べられてそれを熟考したこともあまりないであろう、その30歳のわりにすごい偉そうなおにーちゃんが、「仮面うつ病だ」と判断したから、その人たちは精神病なんだと。

そういうことらしいです。

 
 
まあね、どせいさんもお医者じゃないからそんなのよくわかりませんよ。
「もう少し頑張ればうまくいく、もう少し我慢すれば何とかなると考えながら自由を拘束された人が、心の疲れを放置し続けると」仮面うつ病になるらしいですから、その人たちの中には本当に仮面うつ病の人もいるのかもしれないです。

 
 
でもね、うつ病なんかではなく、エホバの証人やるのがイヤだったり、兄弟たちや組織の矛盾がガマンできなくなって元気なくしてるだけの人も多いんじゃないですかいね。

そして、そういう問題の本当の原因・本質に完全に盲目になってるがゆえに、そういう病気でもなんでもない人をつかまえて、勝手に病気と決め付けてまるっきりトンチンカンな「気遣い」を示して、その人を不快にさせたりしてることも多いんじゃないですかね。

どうなんだろ?
(>_<)

2005年10月30日

『JWプレコックス感』野郎⑤

では『JWプレコックス感』野郎の続きなんですが。
(^∀^)

 
 
前2回は、『JWプレコックス感』のうちでも、「親しげに関心を示すようでいて、なんか妙に機械的で冷たい」という印象についていろいろ好き勝手に書かせていただいたわけですが、今回から、「礼儀正しく品位あるような外見なんだけど、どこかトンチンカンでズレてる」という印象の方について考えて行きたいとオモイマス。直接イヤな思いをさせられるワケでもないけど、ハタから見ているときになんか感じられる違和感ってやつですね。

 
 
 
 
 
 
 
まあ、外から見たときのエホバの証人の方たちってのは、皆さんわりと清潔感のある正装されてることが多いですし、言葉遣いも汚い人ってほとんどいないですし、なんとなく品位のある「ような」印象はあるわけなんですよね。王国会館や大会ホールなんかも、こざっぱりとしていてやっぱり清潔感はだいぶありますしね。

ところがdeathね。
やっぱりなんか「どうもちょっと違う感」が強いことが否めないんですよね。ご本人たちは品位あって謙遜な人たちというのをイメージされてるとは思うんですが、どうもなんか気取ってるような、しかもなんかそれがトンチンカンなような、そういうよろしくない空気が漂ってくるんですよね。

そして例によってこのよろしくない空気、組織体としてのエホバの証人にも、個々の信者の方たちにも感じられると思うんですよね。例えば、大会やなんかでは、出席者に「ああしてね」とか、「こうしちゃだめよ」とかハッキリ言えばよさそうなものを、「~を希望される方は~なさることができます」とか、「~なさることは勧められておりません」とか、なんかよくわかんない言い回し使ったりしますよね。
話の中でなんか発表とかするときも、とてももったいぶった言い方したりとかですね。
よくはわかりませんけど、こういう言葉使いは品位とか謙遜さを示す趣旨で用いられているのであろうことは伝わってくるんですが、どうもなんか変な感じがする。そもそも正しい日本語ではないような気もするし。

個々の信者の方とお話してもそうなんですよね。
特に、エホバの証人としてかなりがんばっているのであろう若い人とかとお話したりすると、礼儀正しくはあるんだろうけど、敬語の使い方が全然間違ってたり

「ハゲマサレマス~(´∀`)」とか、

「アリガトウゴザイマス~(´∀`)」の、

不自然な連発とか、なんか外見の服装と、ご本人の話す内容の質・人間性があまりに乖離してるような、そんないや~な不自然さが漂ってくるんですよね。品位があるようでいて軽薄、相手を敬ってるように見えて自己中みたいな印象。失礼ながら、なんとなく同じ顔に見えることも多いし。(世の中に見られる「なんとなく同じ顔に見える」他の例 ここをクリック)
なんていうのかな、それが可愛く感じられたりもするんだけど(カワイイ→(´∀`) ハゲマサレマス~ )、でも同時に「あんた意味わかって逝ってるのかい?」と確認してあげたくもなる感じ。

長老とかの中にはですね、ほんと致命的にナルシスト的要素を感じさせる人もいるんですよね。どうでもいいその人自身の意見を、もったいぶってエラそうに話して、しかも表面的には謙遜であるかのような言葉遣いや態度を示すもんだから、ハタから見てるもんにゃあ「偽善的な上に頭がヨクナイ」という印象を受けると。そしてこういうのはもちろん可愛くは感じられないと。(カワイクナイ → (´∀`) ハハハハ )

 
 
とにかく組織からも個人からも感じるそういう印象が絶妙にブレンドされ統合されして、

謙遜さを装ってはいるんだけど実はとても独りよがりで、根拠のないプライドを持って自己満足に陥っている、

それゆえに気取ったような態度を示すんだけど、それがどうもズレてて失笑を誘う、

 
 
 
というような、なんとも「見ていてイや~な感じ」ってのを作り上げちゃってる気がするんですよね。まさしく『JWプレコックス感』て感じ。

例によってそうじゃない人もいますよ。そうじゃない人もいるんだけど、そうである人がとても多く、かつ組織自体がそういう雰囲気なので、まあやっぱり『エホバの証人』の代表的資質になっちまってると思うんですよね。

みなさんどうですかね、そう思われないでしょうか。
(∋_∈)

 
 
 
 
さて、では『JWプレコックス感』のこの側面の原因はいったい何なのかってことですよね。

どせいさんの感覚でいうと、この側面の原因てのは、端的に言って

「ニセモノ感」

だと思うんですよ。

も少し丁寧に言うと、本当は誇れるほどの実態・謙遜さを示せるほどの人間性の裏づけがないにもかかわらず、ハリボテのような外見を作り上げて自分ないし自分たちはスゴイと自分または自分たちだけで思い込んでいる
姿からにじみ出てくる「ニセモノ感」だと思うんですね。

 
 
詳しい説明はまた次回。