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「エホバの証人」についての情報サイト

エホバの証人とは

概説

「エホバの証人」とは、聖書に書かれている「エホバ」という名の唯一真の神を信仰し、その神の意思を地上で実践することを目的とするキリスト教の宗教団体です。「エホバの証人」というのが宗教団体としての名称で、この団体が用いている法人組織名は「ものみの塔聖書冊子協会」といいます。

もともとは1870年代の初めに、米国ペンシルバニア州でチャールズ・テイズ・ラッセルという人物がその仲間と聖書研究グループを作ったのがその始まりで、『2007エホバの証人の年鑑』によると、現在では全世界の236の国や地域に674万人の信者がおり、日本国内には21万7千人以上の信者が活動しているとのことです。

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しばしば、正装した清潔感のある身なりの2人組又は親子連れの信者が、私たちの職場や家庭などに『ものみの塔』という雑誌を勧めに来る光景を目にすることがありますが、この活動が彼らのシンボルマークといえるのではないでしょうか。他にも、輸血拒否の信条や校歌・国家の斉唱をしないこと、学校の武道の授業を拒否することなどで知られているかもしれません。

この団体の世界本部は、米国ニューヨーク州のブルックリンにあり「ブルックリンベテル」と呼ばれ、日本支部施設は、神奈川県海老名市にあり「海老名ベテル」と呼ばれています。

彼らは何を信じているか

エホバの証人の一つの大きな特徴は、極めて強い信仰を持ち、現実世界の生活の様々な側面においてその信仰を実践しようとするという点にあるのではないかと思います。彼らは聖書が文字通り全知全能の神の言葉であると信じており、聖書を通じて与えられる神の指示・聖書の文言の一字一句には全面的に従わなければならないと考えている人々です。

エホバの証人信者たちは今が聖書の中で「終わりの日」と呼ばれる特別な時であり、近い将来、神がハルマゲドンと呼ばれる大変化を現実にこの地球にもたらし、神の意思に従う者だけを生き残らせ、それ以外の悪人は全て滅ぼすことになると真剣に信じています。来るべき滅びの後、神に従う者は地上の楽園で永遠に生きることになると彼らは文字通り信じています。

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その将来の滅びの日を生き残るためには、「エホバの証人」組織に所属すると共にその組織を通して与えられる信仰上の指示に従順に従うことが不可欠であると彼らは常に教えられています。したがって、布教や集会などの信仰活動を生活の中で最優先すると共に、日常のごく細かい点に至るまで聖書の教えに従うことが彼らの最大の関心事となっています。

彼らの生活

信者の生活については、信仰第一の極めて特徴的なものといえると思います。具体的な活動として、毎週3回1時間~2時間弱行われる、「王国会館」という集会場での集会に参加することが、彼らにとって最低限欠かしてはならない最も重要な活動であり、これ以外に最低月1回(多い人では月70時間~130時間)布教活動に参加することが基本となっています。

こうした宗教活動以外にも生活のあらゆる面で信仰を実践することが求められ、煙草を吸わないこと・信者以外との恋愛をしないこと・結婚している相手以外と絶対に性的行為をしないこと・最低三度の食事と就寝前には神に祈ること・死に至るとしても輸血を拒否すること・焼香等の偶像崇拝行為を一切避けることなどが彼らの信仰生活の特徴といえると思います。また、クリスマスや誕生日、ひな祭り、七夕など「異教に起源を発する」と考えるすべての祭りごとを一切祝わないという特徴もあります。

さらに、彼らはエホバの証人信者を除いた一般社会を「この世」と呼び、近いうちに神から滅ぼされる危険な存在であると真剣に考えています。したがって、可能な限り「この世」との関係を避けようとしており、一般人との接触を最低限に留めるために交友関係を避け、さらには大学教育や一般社会での社会的・経済的に高い地位を強く避けようとする傾向があります。

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一般社会の彼らに対する見方

さて、一般社会の彼らに対する評価は大きく2分されるように思われます。

まず、実際にエホバの証人信者の人と接すると、大方の場合、彼らは穏やかで清潔感があり、社交的で人当たりが良く、魅力的かつ信頼に値する人たちであるという印象を受けるのではないかと思います。特に感じられるのは、非常に純粋な人たちであるということであり、これらの点から彼らに好感を持ったり、彼らを高く評価する人は少なくないように思われます。

一方で、エホバの証人を社会問題として捉える人もかなりの数に上るように思われます。具体的には、信仰活動の重視による家庭の不和や崩壊・信者でない家族との関係の断絶・「ムチ」と呼ばれる組織的な児童虐待問題・輸血拒否による後を絶たない死亡例・教育や社会的地位の否定からくる信者の深刻な経済問題などがしばしば取りざたされます。

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輸血拒否および武道教育の拒否については、日本の最高裁でエホバの証人を全面的に擁護する判決が出ており、彼らの信条の核心部分そのものについては社会的に是認する傾向が強いのではないかと思われます。他方、エホバの証人信条を理由とした離婚判決の裁判例等も多く見受けられ、この宗教が幾つかの深刻な問題の要因となっていることもまた事実かもしれません。

このサイトの「エホバの証人」についての見方

最後に、このサイト「JW.com」のエホバの証人に対する見方を簡単にお伝えしたいと思います。

まず、個々のエホバの証人信者について言えば、彼らの多くは本当に誠実で利他的な人々であり、彼らの教理もまた純粋かつ説得力のある見事な教理体系であると思います。エホバの証人組織の根幹部分はまさに誠実さを基礎に成り立っているものと評価でき、この点においてオウム真理教のような破壊的カルト教団とは完全に一線を画するものと考えています。

他方、この団体が多くの深刻な問題を引き起こしているという事実もまた否定できないように思われます。例えば、長年組織的に行われ続けた「ムチ」という児童虐待は、この団体が言い訳のしようがない重大な問題だと考えられますし、この宗教に家族の絆を引き裂かれたと感じている人や、人生の大半を奪われたと感じる人が現に多数存在するという現実があります。

この点、エホバの証人組織が、とりわけ元信者たちから問題視される最大の理由の一つは、信者たちに対してこの組織の最高指導者たち(統治体と呼ばれる)が一つの事実をひた隠しにしているという点にあるのではないかと感じています。

すでに述べたように、エホバの証人信者たちは自分たちの生きている時代に滅びが来るということと、その組織に従うことこそが生き残るために不可欠であると現実に信じているわけですが、実は彼らはある聖書予言が現代において的中したと教えられているからこそ、そうした強い信仰と組織への強い信頼を抱いているという背景があります。具体的には「聖書を正しく読むと西暦1914年に『終わりの日』が始まるという点を導き出すことができ、その年を境に『終わりの日』が始まったという事実は客観的な科学的データによっても裏付けられている」と教えられています。ところが、エホバの証人の最高指導者たちは何十年も前からこの計算に根拠がないことを明確に認識しており、かつ、科学的データなるものを示す際にも捏造と評価されても仕方がないような形で権威者たちの言葉を引用し、歪曲して紹介するということを行ってきているという現実があります。しかも、この事実を知られないために、エホバの証人組織は自らの宗教について批判したり分析したりする書籍やネット上のサイトには一切接触しないように、信者に厳しい指示を繰り返してもいます。

この点につき詳細は本論部分に譲りますが、簡単に言うと、エホバの証人教理の根幹部分について意図的に真実と違う事実が信者に教えられており、信者たちはその教えられた事実が真実だと信じたからこそ、大学教育を捨て、恋愛や結婚の可能性を捨て、資産や友人・人間関係を捨て、数十年という時間をこの宗教に捧げ、ある場合には命すら捨てるわけです。ところが、最近のインターネットの普及などにより、この教理の根幹部分が実は真実ではなく教団がこれを意図的に隠し続けてきたという事実を知るに至り、まさに「騙された」と感じる信者が後を絶たないという状況が生まれているわけです。

このように、エホバの証人組織は多くの破壊的カルト宗教のように一般社会に対する具体的な加害行動に走る可能性はほとんどないと考えられる一方で、ひとたびその信者になった場合に「自己加害的」に深刻な問題を抱え込むという特徴を持つ宗教であり、その問題点は認識されにくい上に、ともすると「自己責任」として非情に切り捨てられやすい危険をはらむものであるといえると思います。それで、こうした団体に対してこそ健全な社会が関心を向け、その問題点を正しく認識すると共に、客観的で適切な情報を供給し続ける必要があるのではないかと考えられるわけです。

いずれにせよ、この宗教団体はそれなりの理由と需要があるからこそこの社会に存在するのであり、今後もこの宗教が消えてなくなることはありえないと考えています。彼らの信教の自由自体は誰も否定できません。もっとも、同様に彼ら自身も、その信者の自己決定の自由や正確な情報を知る権利を否定することはできないはずです。

したがって、この宗教がこれからも一定数の信者を擁し続けるであろうことを前提として、いかにして社会がこの宗教と共存してゆくのか、とりわけ、この宗教と何らかの形で関わりを持った人・関わりを持とうとする人たちとどのように接するべきなのかという点について、安定的で責任感のある視点を培い、多くの人とそれを共有してゆく必要があるのではないかと考えています。

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