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「エホバの証人」についての情報サイト

2005年12月27日

『JWプレコックス感』野郎⑰

次に組織というレベルについてなんですが。
組織についてもやはりですね、「誠実にその責務を果たそう」という態度よりも、どうも「虚栄心を満たしたいという利己的な態度」や「逃げ隠れするような卑怯な姿勢」が本質的傾向になってるような気がするんですよね。

自分たちの権威性を強めることに関してはいくらでも基準を緩めて無責任な態度を示し、一方で自分たちの権威性を揺るがすことについてはなりふりかまわず卑怯な態度をとると。
なんかそういう感じがするんですね。

例えば、今回一例とした外国語組織を考えてみても、「つたない言葉でも命を意味する真理をなんとかその人たちの言葉で伝えようとする努力を払おう」という誠実な姿勢はあまり感じられず、むしろ、「国際色豊かな組織を形成しているという外見」・「大学教育を受けなくとも『協会の用意する訓練』さえカツヨウすれば外国語の能力を身につけられるという虚偽の外見」を作り上げるために、本来エホバの証人的には最も重要視されるべきはずの霊的教育やそれに携わる人間の質についてはいくらでも落として構わないという、無責任かつ矛盾した姿勢がひしひしと感じられる気がするんですね。

結局、霊的な基準や奉仕者の資格なんてもんは、ものみの塔組織自らが勝手に基準を作って決めてるわけですから、そちらの都合でいくらでも基準を落とすことなんてできるわけですよね。実際、実質的にまったく言語できないキョウダイタチが外国語会衆にいても「雑誌が語るので大丈夫だ」とか「聖霊の働きが助けてくれる」とか言ったりすれば、なんだか立派な多言語組織が形成されてるような外見だけはできちまうワケですから。

そんな風に、自分たちが第一にしていると声高に主張する「兄弟たちの霊的福祉」なるものと、「大学教育なんか受けなくても国際性豊かな組織を構成できるという見栄えのよい(虚偽の)外見」のどちらをとるかという選択肢に対し、結局「兄弟たちの霊的福祉」なるものをいとも簡単に犠牲にする姿勢に、自分たちが勝手に基準をゆがめられるものならいくらでも基準をゆがめて外見だけは保とうという無責任な姿勢、そして、そんな風に自分たちが勝手に基準を設定できるんだという思い上がった姿勢がみられると思うわけなんですね。

 
 
 
 
一方で世の中には、エホバの証人組織が自分たちではゆがめられない「厳然とした基準」を要求される場面が多くあるわけですが、そういうごまかしがきかない場面に直面すると、どうもエホバの証人組織はとたんに男らしくない卑怯で見苦しい態度を見せるようになるんですよね。

例えば、ものみの塔協会は多くの訴訟を抱えるようになってきてるわけですが、訴訟やってくにはそれなりの人数の弁護士、しかも、ものみの塔協会の考えにハイハイって従う弁護士たちが必要なワケです。ところが、大学教育を否定するこの宗教内では、組織の言うことを誠実かつ純粋に当てはめてきた立派な信者の中から弁護士を養成することなんてできるわけはないわけでして。

結局どうしたかというと、世で評価されるものを求め、大学教育を否定する風潮に逆らって大学に進学した2世信者たちを学歴に応じてべテルに呼び、そこで彼らの衣食住すべてをまかない、通常のべテル奉仕すらさせずに毎日毎日自分のお部屋で司法試験の勉強させていたようなんですよね。
しかもそれらの人間の教育には多額の費用がかかるわけですが、そうした費用は全て寄付でまかなうわけですよね。
当然それらの寄付には「べテルで奉仕するという目標のために協会の指示にしたがって大学進学しなかった2世たち」や「大学在学中に『真理』を知り、卒業目前に『世の知恵を避けるために』中退した1世たち」の寄付が多く含まれているわけですよ。

よく、「どうやらべテル奉仕者が司法試験に受かったらしい」といううわさが流れて、その際に「合格した兄弟たちは大卒ではないので一次試験から受けて合格したらしい」とか「合格した兄弟たちはべテルでの8時間の奉仕が終わった後に個人的時間を用いて試験勉強をして、合格したらしい」とかささやかれるらしいですが、そういうのは全部うそみたいです。

そして、こうした誠実な2世たちへの裏切り以外の何物でもないと思えるシステムの恩恵により司法試験に合格したべテルのキョウダイなんかは、組織の指示に忠実に従って大学へは行かず、多くのものを犠牲にして全時間奉仕している兄弟とかに対し、自ら面と向かって「あんたたちは人生の敗者だ」とかって言ってたらしいですね。
(エホバの証人情報センター>読者の広場>2003年の投稿>188.「大学教育に関するベテルの実態・偽善」-エホバの証人と司法教育)

結局こういう事実がばれると、大学教育を否定する方針と矛盾するわけですから、ものみの塔協会はこういう事実は信者にはひた隠しにしようとしているらしいです。

なんたって嘘ついてまで、上述したようなものみの塔にとって有利な虚偽のうわさを流すことに貢献する旅行する監督もいらっしゃるみたいですから。

こういうリョコウスルカントクってのはさ、アレと一緒でさ、1人いると300人はいるんだよね、きっと。(←もちろん日本に巡回区は300もないことを知ってて言っている。)

 
 
 
 
 
 
さて、ほんの一例をツラツラ掘り下げていくだけで、結構エホバの証人組織の本質が見えてくるような気がするんですが、どうなんでしょうね?(←もちろん今回の話はほんの一例で、これから先もいろいろ例を挙げてゆく気まんまん)。

さあ、ハナシ戻しますが、こういうことをやってる組織は「神と兄弟への深い愛を動機とする、唯一神に是認された清い組織」なんですかね?

「神から委ねられた責任を誠実に果たすため、兄弟たちに愛と謙遜のうちに指導を与える組織」なんですかね?

 
 
 
まあ、そうだと考える人はそれはそれでいいと思うんですよね。

 
 
ただね、どせいさんは全くそう思わないんですよ。

むしろ、自分たちは神を愛してる、神に忠実、だから神から権威を委ねられていると「神、神」言うことにより「本当に神のことを考えていると見せかけて実はその神の権威・神への人々の愛を自分たち自身の権威・自分たちへの愛とすりかえて、結局自分たちの虚栄心を満たすことを真の目的としている組織だ」と思えちゃうんですね。

 
 
思いっきりハッキリ言ってですね。

「エホバの証人組織」というのは、若い信者に大学にいかれると健全な批判能力や物事を本当に確かめる能力を身につけてられてしまい、自分たちを権威づける偽りの年代計算その他が簡単にばれてしまうので、何百万人という若い人たち・その一人一人の将来や人生を犠牲にしてでも大学に行かせまいとし、ワケのわからんヘッポコな言語訓練学校とかを作って「大学いかなくても言語を操れるようになるんだよ・必要な訓練、教育は全て組織の中にいれば受けられるんだよ」という偽りの印象を信者に与えている卑怯な組織に過ぎないんだと、どせいさんはオモイマス。

そして、その偽りを維持するためには自分たちが本当に重要だと標榜する霊的物事の質・長老たちの質はいくらでも落としてかまわないと考える、口だけの不誠実な組織なんだと、どせいさんはオモイマス。

こんな組織がどんなに口では耳障りのよいことをいい、どんなに見栄えのよいハリボテの外見を構築しても、様々な場面に垣間見せるその本質的態度は、まさに『正義の感覚』に反するものだともオモイマス。
こんな恥を知らない組織が「真理」だの「兄弟たちを指導する責任」だの「正直さの重要性」だのと言うのは、吐き気がする。

結局、こうした不誠実で利己的で女々しく卑怯な組織が、その自分たちの本質を隠しきれずに周囲に漂わせる不気味な雰囲気こそが、『JWプレコックス感』なのかなあともオモイマス。

 
 
 
 
 
 
 
 
もし、こんな不誠実で利己的で卑怯な組織が、本当に神の是認を受けた唯一真の宗教であるならば、そして、多くの誠実な人々や若者たちの人生を無責任に台無しにするこの組織に所属しその指示に従わないと来るべきハルマゲドンで滅ぼされるというのであれば、大いにけっこう

どせいさんは、こんな組織に属すことで命を救われるくらいなら、今まで苦楽をともにしてきた尊敬する友人たちや、掛け値なしで自分を愛してくれる親族たちとともに、自分の正義の感覚を信じつつそのハルマゲドンで死んだほうがよっぽどマシですね。